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- Date:2025年04月20日
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妖しくグロテスクな和風の詩をどうぞ。
●黒板のすみの落書きは世界の秘密を書いている。学生路の辻道に猫が死んでいる。猫魔道。縁起が悪い。
●飴玉の烙印は巴紋。葵紋もある。家紋飴か。そういえば昨日ひろったどんぐりにも、チョコレイトにも謎の家紋。遠き過去からの難題であるか。
●宗教受胎 羊水に浮かぶ蓮華 経血を舐める鬼 水頭症の子供のあたまゆらゆら
●しばらく、まどろんでいた。酩酊とした中で、罪びとの夢に見た、彼岸に睡蓮は浮かぶのか迦陵頻伽は鳴くのか
●瓢箪から駒 お寺のおみくじの縁起物に混ざる般若面 金縁の丸眼鏡鈍色に光る 玉音放送の流れるラヂヲ 遠く昏く みな病的に耀き。
黄昏時 「供養に参りました」墓の周りの彼岸花 桜の木の下に埋めて死体 弟を殺して弟切草
●血の涙を流す仏様 風鈴の下でゆれる幽霊文字 街灯に記されたうらめし文字 黒々と墨
●昔処刑場のあった踏切 その近くの田んぼで蛙のお経 虫の呪詛
●生白い女のうなじに幽霊の正体見たり枯れ尾花
ホルマリン漬けの胎児 なにを想ふ 母の羊水か まなこを閉じ
●蝉時雨 夏の眩暈 標本室の中 眠る胎児のホルマリン漬け 青い水子 沈黙のまま嗤う
●石畳の裏路地 母に背負われ 匂うシャボンの香り 秘密の唄
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青々とした葉に雨が降る。屋敷の外の小道はしとどに濡れ、下水が側溝の中でごうごうと音を立てて流れていく。
お座敷の上に、二人。
両者間の間には赤い緋毛氈が引かれていて、その上に、暗い空の下、暗い輝きを帯びている様々な宝石が幾つも転がっている.
「この薄紫は”やすらい石” 赤銅は”羅刹石” こっちの檸檬は”稀石(まれいし)” 灰色のものは”忍び石”……」
「面白い名前ですね。正規の名前ではないでしょう」
「そうですね、色々な名の霊石がありますが、なぜ、こういった薄暗い不思議な名前がついたのかというと、石にまつわる僕の哀しき過去が、こういった名をつけさせるのです―――」
「哀しき過去…とな。また趣のある…」
「大した過去ではないですが、齢(よわい)を重ねていくにつれ、哀しいことは色々と増えていきます」
「色々御座いますから…此処は人が口を閉ざし語らぬ云わぬ秘密の道、秘道の地でありますから」
「そうですね。お客様、ここはひとつ―――」
聞いていただけますか、戯れに。
青年は沈んだ声で言った。
○○○
僕は、東京の下町で商家をやっていた由緒正しい家に生まれて、幼少の頃から厳しく育てられていました。
僕には厳しくも優しい叔父がいました。地主をやっていた彼は、僕の家に黒のリムジンで立ち寄った折、よく会社の部下か誰かに何事か口角から泡を飛ばして叱り飛ばしていました。
しかし、他人には冷たく身内には優しい…… そんな彼は僕にとって非常に貴重で、僕は特別気に入られて、幼いころから大変優しくしてもらいました。
厳しい自分の家族に比べると、優しい叔父は僕の心のよりどころでした。
まだ七歳になるかならないかという小学校にあがる頃、入学を祝って「守り石」と云って、叔父はちらちらと光る石を持たせてくれました。たしかガーネットだったと思います。幼い僕は綺麗なそれが大好きで、大切に懐の内ポケットに入れていました。そのころから僕は宝玉に並々ならぬ関心を持つようになりました。
叔父はよく晴れた日には電車に僕を連れ東京の国立の博物館へ連れて行ってくれました。
恐竜の骨や、西洋の絵画や骨とう品、そんなものに交じって、僕はそこに展示してあった七宝焼きに心奪われました。
蝶や櫻、時には螺鈿の如く光る和式の模様が金箔の粉塵が散りばめられていて、赤や青、黄の極彩色の小さな焼き物が、縦二列横四列の計八つ。木製の箱の、絹のようなナイロンのような綿の上にきちんと並んでいました。
平日で、人がいないというのもよかったのです。
人に遮られり邪魔されたりせず、長い間僕は飽くことなく七宝焼きを眺めていました。
七宝焼きは玉ではなく釉薬(ゆうやく)というガラス質でできていますが、職人が丹精込めて作ったそれらは、宝石のごとく輝いていました。
建物に差し込む暖かな太陽がちょうど差し込むところに陳列されていたのもよかったのか、
黄色の日の光を浴びて、展示棚の中の七宝焼きは、どこか懐かしいような古いようなそれでいて朱や藍の妖しい耀きを帯びていました。
他に展示してあった宝石や鉱石が色あせてしまうように感じたのです。不思議な魅力がありました。
「もういいか?」
叔父の声で我に返って、僕は涎をたれているのを学生服の袖(そで)で拭いました。魅入られて惚(ほう)けていたのです。
○○○
僕は叔父によく懐きましたが、優しく育ててくれたその叔父は急に死んでしまいます。
悪性の腫瘍です。人とはまことあっけないものです。
それもよく晴れた、麗かな春の日でした。
僕は守り石を、叔父の眠る棺桶に入れました。
白菊に囲まれた叔父は安らかな顏をしていて、赤いガーネットの石はその白い花に吸い込まれて消えるように底に落ちていきました。
それが事を発してか、立て続けに不幸が続きました。
近所の仲の良かった友達の女の子が若年性の重い癌で死んでしまって、その子はアメジストが好きでそのご遺族から形見にたくさんその石の這入った小さな籠を貰いました。
ここでも石です。
不義理の子供に生まれて、悲しい生涯を送ってきたが、自殺してしまった従弟(いとこ)。
瘋癲(ふうてん)もちの、彼にしか分からない、生への苦しみのあまり衰弱して死んでしまった実兄。
次々と立て続けに親しい人が逝ってしまい、幼かった僕の人生にもどことなく暗い陰が落としました。
僕はあまり物を言わず口を開いたとしても、捻くれたことばかり言う、暗い子、と謗(そし)られ育ちました。
そんな性格だからかなかなか友達もできず、自宅の縁側で宝石図鑑や骨格図鑑を眺めて独りぼっちで遊ぶ僕に、いつも心配してくれたおまじないの好きなお婆ちゃんがいました。
祖母です。
真夏の頃、毎晩見る悪夢に苦しむ僕に、「破魔降魔の石だよ」と言って、蕎麦ガラの枕の下に宝石を入れてくれました。
それは円柱に似た10㎝くらいの細い棒のような桜水晶でした。
ここでも石。
その日も夢の中で無我夢中で、僕は紅蓮の炎に包まれた、地獄の羅刹のような鬼から逃げていました
いつもだったら、その悪鬼の炎に飲み込まれて、夢の中で事切れる結末を迎えるのですが、その日は違いました。
鬼に追いかけられる僕の目の前に、美しい和装の男が現れたのです。
彼は「お前はどこから来た、ここに来てはいけない」と云いながらぐいぐいと僕の腕を取って安全な所まで引っ張ってきて、
「ここまでくれば大丈夫、でも僕に会ってはいけない。二度とここに来てはならないよ」ととても哀しい笑みを浮かべるのでした。
僕が目覚めると枕の下で桜水晶が木っ端みじんに壊れていました。
すわ桜水晶の精ではないかと思いました。だって、桜水晶は願いを叶えたかのように砕かれていましたから。
お婆ちゃんも、その話をして壊れた桜水晶を見せた僕に「きっと神様が助けてくれたかわりに、砕けたんだねえ」と真摯なまなざしで言いました。
しかし、おばあちゃんは、数日後に亡くなります。老衰でした。
僕は、お婆ちゃんが死んでも、あの陶器のようなほの暗い顔色をした綺麗な佳人を忘れられませんでした。
夢で見たその美しい男をひとめで覚え、僕は、恥ずかしながらも―――惚れてしまいました。
相手は男でしたが、そんなものは関係ありませんでした。悲しいことばかりの浮世の中で彼は救いだったというのも大きかったのです。
異性ではないからそれで余計にかもしれませんが、肉欲ではなく精神(こころ)で愛しました。
純粋な愛でした。
それからというもの寝ても覚めても男の事ばかりを想うようになりました。
風に吹かれても雨に打たれてもあの哀しげな貌を思い出しました。
僕の強い想いは次第に己の夢を自在に操るようになり、僕は、夢の中でその桜水晶の麗人を呼び出し、その頭の中の脳髄に入りこみ彼の過去を追うようになりました。
その記憶は、暗いものでした。
しばらく武家屋敷の並ぶ小道を歩いていた男の後ろ姿を、浮き立つ足で追いかけていたのですが、不意に輪郭がぼやけて、真っ暗な沼のほとりに場面が変わりました。
なにせ記憶の中だからか、すべてが曖昧で繋がっておらず、唐突です。
僕の目の前に、突然口元を血だらけにした桜水晶の佳人が現れました。
僕は驚いてびくりと体をこわばらせました。
「なんで追いかけてきた。追いかけられたら、私は正体を隠せられない」男は血まみれで言いました。
「私は、人と鬼の間の血筋に生まれ、好きな人を殺してしまう性。
人間としての幸せに暮らすの人の性、鬼となって人の生き血を啜る鬼の性、その間で彷徨いながら生きる魔性の者」と、男は言い放ちました。いつもの、暗く、沈んだ声色で。
ふっと佳人の姿が消え、春爛漫の川岸が見えてきました。
蒲公英と菜の花が川岸に咲き、土手の上の櫻の木が満開咲きの花々の美しい川で、水面が綺羅綺羅と輝いています。
そんな場所で微笑む桜水晶の男が見えました。
その隣で、しゃがんで花を手折り微笑むピンクのワンピースを着た可愛らしい女の人がいます。
恋人なのでしょうか。
そんな幸せ場面が変わりました。しかし視界はすぐに昏い闇の中です。
さっきまで仲良く遊んでいた女の人は、気が付くと桜水晶の佳人の目の前で倒れ、男のその口元は血で汚れていました――――
「やめようと思っても思っても、人を喰い殺してしまう。
ここまで見られたら、お前を生きておくわけにはいかない」
目の前にいたと思ったら背後で、恐ろしいその男の声がしました。
男は桜水晶の精なんかではありませんでした。
人と鬼の間に産まれたことを苦しみながら生きる半妖だったのです。
○○○
僕ははっとそこで目を覚ましました。稀に見る恐ろしい悪夢でした。
気が付くと、かちこちと柱時計が不気味に時を刻む、初夏の居間の座敷の上で眠っていたのです。
白昼夢だったのか…?
汗だくの肌を拭いますが、Yシャツが絡みつくようでした。
その時、耳元で、先ほど夢で見た、あの美しい佳人……いえ、魔物の声がしたのです――――
「お前は俺を知りすぎた。今夜から、お前の枕元に九つの怖い化生がやってくるだろう。
しかし、お前の盗んだ宝石がお前を守ってくれる。
東京の国立博物館で昔、お前が憑りつかれていたように眺めていた七宝焼きがな」
僕はあたりをきょろきょろ見まわしながら、声の主を探しましたが、その音は脳髄から聞こえるのでした。そしてその言葉で、久しぶりに叔父と何度も足を運んだ博物館のことを思い出して震撼しました。
「なんのことですか、僕の記憶を覗いたのですか?僕はものを盗んだことはない」
そう云いましたが、魔物の声音は耳元で低く嗤い、
「しかし、お前の家の茶箪笥の一番上の引き出しの奥にしっかり閉まってあるではないか」
と云ったのです。
僕は愕然として居間にある茶箪笥の奥を調べると、驚きました。
しっかり入っているではありませんか、博物館に置いてあったはずの七宝焼きの標本が。
僕は震える手でその木箱を取り出すと、確かに、木箱に入ってナイロン綿に八つの七宝焼きがガラスケースに並んでいました。
偽物には見えませんでした。
「僕は盗んでいない!あなたが持ってきたんだろう!?」と半狂乱になって叫びましたが、もうそれっきり魔物の声はしませんでした。
そしてはたと僕は気づきました。男は九つの怖いものが来ると言っていました。七宝焼きは八つしかないのです。男の放った呪詛は嘘ではないでしょう。人間だとは思えません。八つの七宝焼きと九つの化生では、どう考えても数が足りません。
どうしようと、うつむいて悩んでいると、視界にありえないものが映ったのです。足袋を履いた足です。
誰だと見上げると、先日死んだばかりのお婆ちゃんでした。いつもの庭仕事をしていた汚れた姿のまま、陰鬱な表情で、黙って閉まった押入れを指さしていました。
どくどくと心臓は脈打ち、動悸が激しくなって死んでしまうかと思いましたが、まばたきをすると、その姿は煙のように消えてしまいました。
もう不思議なことには驚かないぞ、と押入れの中を覗くと、布団が重なる上のほうに、見えにくいところに電話番号の書いた半紙が貼ってあって、その下にオンキドウとカタカナで記されていました。
家族の誰かが貼ったメモなのか、亡くなる前祖母が貼ったものなのか分かりませんが、なんだか、忌まわしいものに感じました。
―――御鬼道……
その時、遠い記憶の中に、ふと思い出した怖い記憶が在りました。
まだ幼いころ、近所の人が「七殺」の祟りの災難に合ってしまったという出来事があったのです。
ばたばたと相次いで人が亡くなった頃の話です。
「七殺」とは風水の言葉で、その方位を指定の年に汚したりなにか建てたりすると、方位を犯した家族の七人の人間が必ず殺され、その家の家族の頭数で足らなかったときは隣人まで殺されるという恐ろしい「金神」という神様の所業です。
……多分その話を教えてくれたのもお婆ちゃんだったように思います。
季節はいつのことだったか忘れて仕舞いましたが、僕の自宅から目の前の家に恐ろしい出来事がありました。
その家の玄関には赤黒い血だまりができていて、警察が何人も出たり入ったりをしています。辺りは人だかりになっていました。その隣の家も人だかりです。
集まった野次馬の口からひそひそ声で囁き合っているなか、「連続殺人」「でも不吉な」という言葉の中不意に耳にした「金神様」という名前。
母親が「一家惨殺だけではなく、隣の人まで…うちに来なかったからいいけど」と絶句していました。
何日かして、警察が出入りが収まり血だらけの地面は水で清められ、規制線は取り払われたあと、和服姿の見慣れぬ二人連れがやってきて、殺戮のあった家の玄関からその中を覗いていました。
背格好からして二人ともまだ十代の少年ですが、貫禄というかそのあたりだけ空気が違うというか、そういう異様な迫力があった気がします。
僕の家からは男たちの背中だけが見えました。背の高いほうの男の、やけに白い着物が気になりました。もうひとりの少年は袴を履いていました。
僕が障子の間からそんな着物姿の二人連れをうかがっていたら、おばあちゃんがやってきて、
その二人を見かけると、ああとかおおとか感嘆というかうめき息のような声を漏らして、
「金神様を倒しに来たのだ。いや、もしかしたら、鬼の仕業だったのかもねえ。
坊や、あの人たちは御鬼道の人だ、でも忘れてしまいなさい。うんと怖いからね」
と云いました。
「オンキドウってなに?」
僕が聞き返すと、
「京都の山奥に古くから住む、悪いモノを殺してくれる人たちだよ」
祖母はそういったのです。
○○○
彼女の忘れろという言葉もあり、すっかり忘れていましたが、過去のことを思い出して、あのお婆ちゃんが知っていた人だ……きっと僕を助けてくれるに違ない、と藁にもすがる思いで、僕はその電話番号をかけてみました。
「もしもし」と切羽詰まった声を振り絞ると、「はい」と初老の男性の声が帰ってきました。
「私は秘道の表玄関の受付をやっている茶郷です」電話の主は名乗りました。
茶郷さんは僕の、創作のような話をまともに聞いてくれて、「それは、鬼のしわざでしょう」と断言してくださいました。
話を聞いてもらってなんですが、祈祷師か霊媒師のようなものかもしれないと思い至りがっかりしたのですが、それは間違いであることを後から知ります。
「では八日後に、御鬼道の者が参ると思うので、よろしくおねがいします」
茶郷さんはそういって、不安げな僕を置いて電話は切れました。
その日から、夢に真っ黒や時に極彩色の気味の悪い化け物が現れて、すんでのところでなにかを投げつけられ、視界が真っ白になって目覚めると、たしかに棚に置いてあった七宝焼きのケースの端から一個づつ順に、こなごなに粉砕されていたのでした。
僕は、大丈夫か大丈夫か、このまま御鬼道の人はやってこないまま、僕は夢にでてくる化け物に殺されて死んでしまうのではないかと心配で毎日綱渡りのような心持ちの日々でしたが、
八日のうちに御鬼道の人たちはやってきました。
それは、過去から飛び出してきたような、あの”七殺”の記憶の中の二人連れだったのです。
あの頃と寸分違わずの姿で、着ているものもそのままです。
眼の下に黒い墨で塗ったような顏をした背の高い方の白い着物の少年は「憑かれているな」とぼつりと言いました。
背の小さい方の少年は憂いのある表情でうつむいて一言も発しません。ですが、懐から名刺を取り出すと、僕に手渡しました。
そこには「秘道の一門 御鬼道 獄乃宮阿蘇芳」その下に「風雨道 吾川涼」と漢字だらけの文字が黒刷りされていました。
後から知ったのですが、御鬼道、つまりは秘道の人たちは、時空を超えてあちこちに出没するそうですね。
好きな時を好きなように移動できる。
だからいつまでも年を取らないように見えるのか……
秘道という日本古来から受け継がれてきた稀有な存在だからそんな面白い力を持ったのか、まったく不思議なものです。
そのことを知らなくても、僕にとって当世のまま時が止まったかのような二人連れの来訪は不思議で、奇跡のように感じました。
はたして、最後の日の夜の夢に現れた化け物は美しい魔物自身でした。
男は血に濡れた一振りの刀を持っていましたが、その凶刃を、僕はすんでのところで躱(かわ)し、焦る男の切っ先は阿蘇芳と名乗る御鬼道の少年の手の鉄尖棒(かなさいぼう)に遮られて、僕に届きませんでした。
続いて阿蘇芳さんは慣れた手つきでその金棒で男の刀を薙ぎ払うと、やおら振り回して男の左半身を叩きつけました。
すると不思議な事に刀で傷つけられたように、その部分がえぐられて、血が噴き出したのです。血の色は真っ黒でした。
倒れる男を、僕は支えましたが、その体は重く、僕は彼を抱えたまま後ろから尻もちをつきました。
「天網恢恢疎(てんもうかいかいそ)にして失わず…ま、俺の場合、あんたと同じ鬼の血を受け継ぐから、悪天とでもいえばいいのか」
阿蘇芳さんは余裕のある声でそう言いました。
「ぐっ…俺は殺せなかった。お前の事を」
そういうと、腕の中の男は、弱弱しい手つきで、僕の頬に触れました。
「よく見ると、お前は美しい貌をしている。今まで気が付かなかった。
あと少しというところで、なんの業か因果か人の性(さが)が、俺の心の中でお前を殺すなと云ったのだ。御鬼道如きでは俺の心の臓は止められないが、俺の手元が狂った」
そう負け惜しみのように云いながら、男は急にむせてその口から鮮血が迸(ほとばし)りました。
「…人の性を捨てられなかった俺の負けだ」
そういうと、男は私の腕の中で絶命しました。
あっけなく、これが終わりです。
○○○
「僕は大人になると、すっかりそういった夢を見なりましたが、その代わりに、僕の眼から見て因縁めいて見える石を集め始めるようになりました。それらにはいにしえの名を付けて、まとめてお寺で護摩焚きをしてもらうようになりました。
僕の元へ集まるそんな石は、不思議と深く霊力を持ち、強く人を守ってくれるようになりました。
山を歩き里を歩き、それを、巡り巡って、秘道の人に売り歩くようになりました
僕は大人になりました。しかし……
今でも、目に浮かぶのです。好きだったあの人が、口元から鮮血を流して倒れているのを、僕は腕に抱いて介抱するのですが、彼は息絶えてしまいます。
その死骸は桜の花びらになって、僕は掻き抱くのですが、散るようまたたくまに儚くに消えてしまったのです。
その光景が忘れられなくて、只、忘れられなくて、夢の中のことだというのに……
―――と。
僕の石にまつわる不思議な話はこれまでです。酔狂な話を聞いていただきありがとうございました」
石師がすべてを語り終わると、客人はほうと深い溜め息をついた。
「いやいや、とんでもない縁起話でありました。
魔性の男も、貴方の腕の中で息絶えて、幸せだったことでしょうなあ。
成仏して今頃、転生していることかもしれませぬ」
「今度こそ、普通の人の生を、と思います」
「まことに。では、お代替わりというわけではないのですが、この透明の石を一〇個ほど、買わせてください」
「ありがとうございます、これは”心葉石”といいまして水晶のことを言います。破魔降魔の石です。それに―――安眠にもいいのですよ」
そう云った石師の面差しはどこまでも穏やかなもので、縁側の外の雨は、次第に弱くなっていくのであった。
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おわり
陰陽石(いんようせき:毒を持つが、その毒で鬼をも倒す力を持つ諸刃の刃のような石のこと)秘宝石(ひほうせき:すりつづして食すると怪我や病気を治癒することがきる摩訶不思議な石)
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